執筆者:性同一性障害(GID)学会認定医 大谷伸久
※本記事は、性別不合・性別違和を専門とする医師が責任を持って執筆したものです。
要旨
過去30年間の追跡調査文献から得られたデータと、性別適合手術SRS後の男女295人に関する著者の臨床データを用いて、手術を後悔した患者の数を評価しています。
SRS後の女性から男性への性転換者、すなわち男性では、今回のサンプルでは後悔の報告はなく、文献でも1%未満とされています。
SRS後の男性から女性への性転換者、すなわち女性では、1~1.5%の後悔が報告されています。文献に報告されている後悔の主な理由は、鑑別診断の不備、実臨床試験の失敗、手術結果の不良にあるようです。
後悔した3症例によると、性格的特徴に加えて、患者の治療における適切なケアの欠如があったようです。
本論文は、性別適合手術(SRS)後に後悔を感じたトランスジェンダー当事者について、既存文献と著者自身の臨床経験を踏まえて分析しています。
「後悔」という概念の定義とその評価方法が曖昧である点にも着目し、臨床での意味合いを掘り下げています。
後悔の分類
- 真の後悔(True Regret):トランジション全体を否定し、元に戻りたいと感じる。
- 部分的後悔(Partial Regret):手術結果、社会的対応、身体の変化への不満など限定的な後悔。
- 後悔に似た感情表出:うつ、孤立感、不安などが「後悔」として認識される場合もある。
文献レビューによる後悔率
ヨーロッパやアメリカの多数の研究において、性別適合手術後の後悔率はおおよそ0.3〜3.8%と非常に低率。
これらは厳格な診断・評価プロセスがあった上でのデータであり、精神科による適切な評価の質が後悔率低下の鍵であると指摘されています。
後悔の主な要因
- 誤診(例:ボーダーライン人格障害、双極性障害の見逃し)
- 手術結果への不満(審美・機能の両面)
- 社会的受容や家族サポートの欠如
- 性自認・性的指向の変化
再性別適合(リバース手術)
ごくまれに「元の性別に戻したい」という希望から再手術が行われることがありますが、
解剖学的にも社会的にも完全に「元に戻る」ことは難しく、リバース後の再後悔に陥るケースもあります。
著者の提言
- 長期的で多面的な精神評価の実施
- ホルモン→部分手術→SRSの段階的治療の推奨
- 術後の継続的な心理サポート
- 後悔をゼロにするのではなく、発生時に対応できる体制づくり
臨床的含意
性別適合手術を希望する患者には、後悔のリスクが「ゼロではない」ことを前提に、意思決定の支援と長期的フォロー体制を構築することが求められます。
特に、トラウマ歴やパーソナリティ障害を有する方には注意が必要であり、術後サポート体制の有無がQOLに大きく影響します。
論文情報
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- タイトル:Regrets After Sex Reassignment Surgery(性別適合手術後の後悔)
- 著者:Friedemann Pfäfflin, MD
- 掲載誌:Journal of Psychology & Human Sexuality
Volume 5, 1993 page69-85