文責医師 性別不合(GI)学会認定医 大谷伸久

慢性的な痛みは、性別の違いに関係している!?

慢性疼痛には明確な性差があることが知られています。女性は男性に比べて慢性疼痛の有病率が高く、線維筋痛症や片頭痛、顎関節症、過敏性腸症候群などで顕著です。痛みの強さや持続期間も女性で長い傾向があります。

生物学的には、性ホルモンが痛覚に影響します。エストロゲンは痛み伝達や炎症反応に関与し、月経周期により痛みの感じ方が変化します。テストステロンは鎮痛作用を持つとされ、男女差の一因です。また、神経伝達物質の作用や中枢神経系での処理にも差があります。

心理社会的には、女性は痛みに対する不安や抑うつなど感情面の影響を受けやすく、痛みの慢性化に関与します。文化やジェンダー役割意識も痛みの表現に影響します。このように、慢性疼痛における性差には性ホルモンの関与が重要であると考えられています。

今回紹介する研究では、トランスジェンダーの治療の一環としてクロスセックスホルモン(MtFにはエストロゲンと抗アンドロゲン、FtMにはテストステロン)を投与されているトランスジェンダーを対象に、性ホルモンの変化が痛みに与える影響を調査しました。トランスジェンダーは、性ホルモンの急激かつ持続的な変化を経験するため、性ホルモンと痛みの関係を検証するモデルとして非常に有用です。

研究方法

• 対象者:ホルモン治療を1年以上継続しているMtF(男性から女性)47名、FtM(女性から男性)26名
• 調査方法:痛みの有無、頻度、部位、強度、持続時間、関連症状などを含む詳細な質問票を用いて評価
• 分析項目:ホルモン治療前後の痛みの変化、痛みの種類、性別による違い

結果

MtF

• 痛みの有病率:47名中14名(29.8%)が何らかの痛みを報告
• 新たな痛みの発生:14名中11名はホルモン治療前には痛みがなかった
• 痛みの種類
o 頭痛
o 乳房痛
o 筋骨格系の痛み(肩、腰など)
• 複数部位の痛み:5名は複数の痛みを同時に経験

FtM

• 痛みの有病率:26名中16名(61.5%)が痛みを報告
• 既存の痛み:16名中11名はホルモン治療前から痛みを経験
• 改善例:11名中6名はテストステロン投与後に痛みが軽減
• 痛みの種類:筋骨格系の痛みが中心

考察と解釈

この研究は、性ホルモンの変化が痛みの発生や知覚に影響を与える可能性を示しています。特に以下の点が注目されます

1. 性ホルモンと痛みの関連性

• エストロゲンは痛み感受性を高める可能性があり、MtFにおける新たな痛みの発生と関連していると考えられます。
• テストステロンは鎮痛作用を持つ可能性があり、FtMにおける痛みの軽減と関連していると推察されます。

2. 中枢・末梢神経系への影響

• 性ホルモンは中枢神経系(脳、脊髄)および末梢神経系(神経終末)に作用し、痛みの知覚や処理に影響を与える可能性があります。
• ただし、痛みの変化が中枢性か末梢性かは本研究では明確にされていません。

3. 個人差の存在

• 全ての被験者が痛みの変化を経験したわけではなく、ホルモンの影響には個人差があることが示唆されます。
• 痛みの発生には、心理的要因、既存の疾患、生活習慣なども関与している可能性があります。

臨床的意義と今後の展望

この研究は、性ホルモンが痛みに与える影響を示す初期的なエビデンスとして重要です。特に以下の点で臨床応用が期待されます:
• ホルモン治療中の疼痛管理:MtFやFtMにおいて、ホルモン治療開始後の痛みの変化を予測し、適切な疼痛対策を講じることが可能になる。
• 個別化医療の推進:性ホルモンの影響を考慮した個別の治療計画が立てられる。
• さらなる研究の必要性:神経学的メカニズム、ホルモン濃度と痛みの相関、長期的な影響などを明らかにするための研究が求められる。

Cross-sex hormone administration changes pain in transsexual women and men.
Pain.2007 Nov,132 S60-7